URAKOTA BLOG

ふわっと生きてるニートのアフィリエイト記録など。

2011/3/11の14時46分→2016/4/14の21時26分

熊本県震度7地震

3.11で大震災を経験したものの、今はフラフラぬくぬくと生きている俺の言葉はあまりにも軽い。

なにか被災者のケアになるような言葉や、東日本大震災の経験を活かした情報などはSNSで大量に拡散されていることだろうと思う。

一方で「自分は何もできない」とか、ちょっと無力感を感じていたり「遠方のことで正直他人事」と感じている人もいるんじゃなかろうか。

俺が何かメッセージを投げかけられるとしたら、そういう人達に対してかもしれないと思いながらキーを叩いています。少なからず自分も今回はそうだから。

君らがいつも通りにやらなくてどうする

自分の無力感とか無関心さを改めて知って、そういうことで落ち込む優しい人間も、他人事のようにマイペースでいつもどおり過ごす人も、おれはそのままで良いと思う。

今なにかに熱中していたり取り組んでいる人はその手を止める必要はない。もちろん余裕のある人や知恵・蓄えのある人は被災地へ支援や言葉を投げかけて欲しい。

けれども、募金ならいつでもできる。ボランティアは後になるほど人出が足りなくなる。だから、いますぐできることがなくても、後からいくらでもやれることの選択肢は出てくる。

むしろ3.11の時に「不謹慎」という圧力でお笑いや音楽などの娯楽がメディアから遮断されたことのほうが精神的に辛かった。深夜アニメがテロップまみれになっていると知ってなんだか申し訳ない気持ちになった。

いつもどおり笑いを取ったり歌っていてほしい。いつもどおりアニメを放送して欲しい。キーボードを叩いてネトゲに熱中していて欲しい。

確かに避難所でだれもが求めていたとはいえないけれど、芸人やアーティストのようないわば不謹慎の塊みたいな存在は日常を感じさせてくれる貴重な存在だった。

ブロガーやYouTuberなんかは今はその一端を担っているのかもしれない。

不謹慎という同調圧力で日本中がお通夜になる必要は本当になかった。ネトゲして待っててくれれば良い。投稿のうpをやめる必要はない。

不謹慎だとバッシングされる人もめげずに不倫しててくれればいい。死ななきゃカップヌードルのCMもいつかまた回ってくる。

記憶

家が半壊して寒空の中数日間過ごしたことも、風呂に1ヶ月入れなかったことも、知人が津波に流されたと聞いたことも、ご遺体にかけるシートや新聞紙さえ不足していたことも、5年たった今じゃ脳みそから段々と記憶が薄くなってきているように思える。

あまり思い出さないようにしているだけで、記憶としてはばっちり焼き付いているんだろうけれど、今回のような震災が起きたり当時のアーカイブを見たりしない限りは思い出すことも少ない。

震災特集でよく「忘れないで」というキーワードを耳にするが、被災者側からしたら忘れたいこともよっぽど多かったりする。実体験してしまったものを忘れるなんてことは到底無理だけれど、遠くからモニター越しに見ているだけだと忘却も多い。

だけど後世に伝えていくことも必要、風化していくことの恐ろしさもある。記憶や情報として残し、また人々が忘れずにいてくれること自体が復興の大きな動力源になる。

3.11の時は被災状況ばかりが報道され、避難所や孤立した地域の情報が世間の目に入るのに時間を要した。今回の地震ではいち早くメディアは避難所にカメラを向け、物資の調達も比較的スムーズに行えているように思える。

どうせ遠方からヘリ飛ばして取材にくるなら物資持ってきてくれよ!と思ったものだが、今回はマスコミも支援物資とともに被災地に入っていると願いたい。

今、この記事を書いている段階では9人の犠牲と52人の重傷者、未だ1万5000人余りが避難を続けているとの情報だ。

亡くなった方に心より哀悼の意を捧げるとともに、被災した人々がいち早く日常を取り戻せるよう願います。

 

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